第一章 自由 目が覚めた。 真っ白な天井だった。 雲みたいに白い。 病院みたいな匂いがするのに、病院よりずっと静かだった。 「……ここ、どこ?」 身体を起こす。 痛くない。 手も動く。 足も動く。 怪我はしていないらしい。 だけど。 どうしてここにいるのかだけが、思い出せなかった。 部屋を見渡す。 私以外にも、人がいた。 青系の制服にベレー帽を被った女の子。 灰色のハーフアップをした女の子。 白い髪に赤と紫の目をした、中性的な人。 小柄な青年。 そして、日本刀を腰に差した女の人――。 ……と思った。 よく見ると。 違う。 その人は男の人だった。 髪が長いから、一瞬間違えた。 「……あ」 本人がこちらを見る。 「なん?」 柔らかな声。 「ごめん、女の人かと思った」 「よく言われる」 その人は笑った。 「倉本結城。男やけん、そこは覚えといてな」 「うん!」 その隣で、小柄な青年が手を上げた。 「僕はアルベルト」 「私は秋明エミリー。14歳」 青い制服の少女が言う。 灰色の髪の少女は、声を出さずに紙へ文字を書いた。 『しらすな ひおり』 「ひおりちゃん?」 こくり。 「私は一条音織!」 少しずつ。 名前が増えていく。 知らない人だった。 それなのに。 なんとなく、少しだけ安心した。 そのとき。 部屋の隅にいた女性が口を開いた。 「おはようございます」 ものすごく背が高い。 黒いドレス。 腰まで伸びた黒髪。 赤い目。 そして、優しい笑顔。 「私は朱桜紫苑と申します」 「よろしく……?」 「ええ。よろしくお願いしますね」 その声は、優しかった。 怖い見た目なのに。 不思議だった。 カチャリ。 そのとき、扉が開いた。 入ってきたのは。 黒いスーツ。 白いコート。 黒い革手袋。 長い黒髪。 赤い目。 側頭部には黒いペストマスク。 なのに。 口元は笑っている。 「おはようございます」 甘い声だった。 子供に語りかけるような声。 「怖かったでしょうね」 その女性は私たちを見渡した。 「私はルフェア・ヨグトソース」 少しだけ間を置く。 「Λ-systemのアルコンです」 アルコン。 なんだか偉そうな名前。 「私たち、どうなるの?」 私が聞いた。 ルフェアは微笑んだ。 「どうもしませんよ」 「……え?」 「皆さんは自由です」 一瞬。 誰も喋らなかった。 「自由?」 結城が聞く。 「はい。施設内であれば、好きな場所へ行って構いません」 「刀も?」 結城が腰の日本刀を見る。 「ええ」 「普通、こういう時って取り上げるもんやない?」 「あなたが必要とするなら、持っていてください」 結城は少し驚いた顔をした。 アルベルトは食堂を見つめている。 「食事は?」 「好きなものを食べてください」 エミリーは施設案内にあったゲームセンターの文字を見つけた。 「ゲームもあるの?」 「ありますよ」 時雨は黙って案内図を読んでいる。 ひおりは図書室の場所を見つけていた。 そして私は。 「カレーは?」 ルフェアが少しだけ目を細める。 「ありますよ」 「毎日?」 「毎日でも構いません」 「やったぁ!」 私は走った。 食堂には、本当にカレーがあった。 湯気が立っている。 黄色いルー。 白いご飯。 見慣れた色。 一口食べる。 「……おいしい」 結城が笑った。 「そりゃよかったな」 「結城も食べる?」 「うちも食べとるよ」 アルベルトは牛乳を飲んでいる。 「これで背が伸びるかな」 「まだ伸びるよ!」 私が言うと、アルベルトは嬉しそうに笑った。 エミリーは紅茶を飲んでいる。 「ちゃんとした茶葉なのね」 時雨は窓際。 ひおりは本を片手に食事。 紫苑は少し離れた場所で私たちを見ている。 ルフェアも。 「よかったですね」 甘い声。 私は笑った。 そのときは。 本当に。 ここが自由な場所だと思っていた。そう思っていたかった。
第二章 番号 翌朝。 研究員からカードを渡された。 『被験者01』 「……番号?」 「はい」 「なんで?」 「皆さんの過去の記録などを総合して決定されています」 私はカードを眺める。 01。 なんだか一番みたいで嬉しい。 「01って、いい番号?」 「比較的、自由度の高い番号です」 みんなにも配られていく。 結城は02。 アルベルトも02。 時雨は03。 エミリーも03。 ひおりは01。 「ひおりちゃんも01なんだ」 ひおりはカードを見ている。 紫苑だけは。 「対象外です」 そう言われた。 「なんで?」 「彼女は被験者ではありませんから」 ルフェアが答えた。 紫苑は笑う。 「私は少し特別なのですよ」 その笑顔。 どこかルフェアに似ている気がした。 昼食。 隣の席から声が聞こえた。 「06番の被験者、今日も採血だって」 「臓器検査もあるらしいよ」 私はスプーンを止めた。 臓器。 その言葉が妙に重く聞こえた。 「ねえ、ルフェアさん」 「はい?」 「06番って、何されるの?」 「検査ですよ」 「痛い?」 「嫌なこともあるでしょうね」 「嫌って言ったら?」 ルフェアは笑う。 「嫌だと言って構いませんよ」 「じゃあ大丈夫なんだ」 「ええ」 甘い声。 優しい声。 だから。 私はそれ以上聞かなかった。 午後。 図書室。 ひおりがいた。 本に囲まれている。 「いっぱい読むね」 ひおりが紙に書く。 『文字が好きだから』 「私、そんなに読めないや」 『そう?』 「カレーの本なら読める」 ひおりが少し笑った。 そのとき。 研究員がやってきた。 ひおりの前に飲み物を置く。 「ひおりさん、こちらを」 「専用?」 私が聞く。 「はい」 「なんで?」 研究員は笑った。 「彼女はΛ-systemにとって、とても大切な方ですから」 ひおりは少しだけ目を見開いた。 私は首を傾げる。 「大切?」 「ええ」 研究員はそれだけ言って去った。 なんだろう。 ひおりちゃんだけ。 少し扱いが違う。 その理由は。 まだわからなかった。