怪談1 山あいに佇む古い温泉旅館。大学のサークル仲間である健太、達也、美咲の3人は、夏休みの旅行でこの宿を訪れていました。趣があるといえば聞こえはいいものの、建物は老朽化が進み、廊下を歩くたびにギシギシと不気味な軋み音が響くような場所でした。 案内されたのは、本館から長い渡り廊下を抜けた先にある、最奥の離れ「あやめの間」でした。 「なんか、ここだけ異様に寒くないか?」 部屋に入るなり、達也が腕を擦りながら呟きました。エアコンが点いているわけでもないのに、室内には肌を刺すような冷気が満ちています。部屋の隅にある床の間には、古びた姿見(全身鏡)が置かれており、そこだけ白布で厳重に覆われていました。 好奇心旺盛な健太が、すぐにその布に手をかけました。 「おい健太、やめとけって。そういうの、触らない方がいいって」 美咲が制止するのも聞かず、健太は笑いながら布を引き剥がしました。現れたのは、縁が黒く塗りつぶされ、鏡面がわずかに濁った大きな鏡でした。 「なんだ、ただの古い鏡じゃん」 健太が鏡を覗き込んだその瞬間、部屋の電気が激しい音とともに一斉に消えました。 闇の中に、窓の外の雨音だけが響きます。 「わっ、停電か?」 「だから言ったのに……」 達也がスマホのライトを照らしました。白い光が室内を照らし出したとき、美咲が短い悲鳴を上げました。 鏡の前に立っていた健太が、微動だにせず鏡を見つめたまま固まっていたのです。 「おい、健太?」 達也が肩を揺さぶろうと近づいたとき、スマホの光が鏡の表面を照らしました。そこに映っていたのは、信じられない光景でした。 鏡の中の健太の背景——つまり、自分たちが立っているはずの部屋の闇の中に、びっしりと無数の人間の顔が浮かび上がっていたのです。それらはすべて目が落ちくぼみ、苦悶の表情で口を大きく開けていました。 そして次の瞬間、鏡の中の「健太」だけが、ぬっと首を180度後ろへ回転させました。 本物の健太は、まだ正面を向いたまま動いていません。 「逃げろ!!」 達也は美咲の腕を掴み、狂ったように部屋を飛び出しました。暗い廊下をがむしゃらに走り、本館を目指します。後ろから、ペタ……ペタ……と、濡れた足音が猛スピードで追いかけてくるのが聞こえます。 「ハァ、ハァ……! 支配人! 誰か叩き起こして……!」 なんとか本館のフロントにたどり着いた2人は、カウンターを激しく叩きました。奥から出てきた白髪の老支配人は、息を乱す2人の姿と「あやめの間」という言葉を聞いた瞬間、顔から一切の血の気を引かせました。 「……あそこの布を、剥がしたのですか」 支配人は震える手で古びた帳簿を開き、静かに語り始めました。 かつてその部屋では、ある絵師が狂気に憑りつかれ、自分の血で鏡の裏に呪詛を書き残して命を絶ったこと。その鏡は「人の影」を吸い取り、映した者を鏡の向こう側へ引きずり込むこと。そして、引きずり込まれた者は二度と戻らないこと。 「あの部屋の鏡は、決して見てはならんのです。……ところで、もう一人のお連れ様は?」 その問いに、達也と美咲は言葉を失いました。 その時、静まり返ったフロントの電話が、けたたましく鳴り響きました。 ジリリリリリン! 支配人が恐る恐る受話器を取り、スピーカー通話に切り替えました。静寂の中、ザザ……という激しいノイズの合間に、聞き覚えのある声が聞こえてきました。健太の声です。 『……あは……あはは……冷たいよ……ここ、すごく暗くて冷たいんだ……』 そして、健太の声の後ろから、重なり合う無数の低いうめき声と、受話器をコツコツと叩く音が響き始めました。 『ねえ……達也……美咲……一人だと寂しいんだ……。今、そっちの鏡から、迎えに行くからね……』 ふと見操ると、フロントの壁に掛けられた大きな飾リ鏡の表面が、水面のようにゆらゆらと波打ち始めていました。
頑張って考えました 打ちミスなどがあるかもしれません 見たな