約6500万年前「7つ目の大陸」: この時シュラスジア大陸(現ファーム共和国連邦本土)が完全にパンゲア大陸から分離し、現在の7大陸が形成されたと考えられている。 約1万1500年前「文明の誕生」: 現在のファーム人がシュラスジア大陸へ上陸(または誕生)したと考えられる時代。沿岸部や内陸部に多数の竪穴住居跡が発掘されており、石器の破片のようなものも見つかっている。 約5600年前「農作時代の到来と銅器」: 現在も連邦内で最も栽培されている米、フィラネシア米をファーム人が発見したと考えられる年代。この米は収穫量、味がかなり良く、干ばつや豪雨にも耐えることから、かなり早い速度で大陸全体の住民に広まったと考えられている。また、この時既に銅器が製造されていたと考えられている。 約3400年前「木造建築方法の誕生と第一次大陸戦争」:この時北部で大陸最古の木造建築が建てられたと考えられており、今でもその建築方法は連邦北部で見ることができる。また、水源などを争って北部を除いた大陸全土を巻き込んだ戦争が発生した。この戦争の最中に書かれた大陸初の記録用紙がこの時代の遺跡から発見されている。また、この戦争は約10年間、実際の戦闘年数では2年間続いたと記録されている。 約1200年前「国家形成」: この時現在のファーム共和国連邦の前身、第一共和国が誕生した。また、現在の首都ヒューシニアで大陸初の大陸総選挙(現在の連邦総選挙。大陸全土の全住民で多数決を取り、選挙をすること。)が開催され、第一国会が開かれた。 西暦1778年「外来人の到来」: 1778年1月、イギリスの海洋探検家、ジェームズ・クックによって大陸が発見される。ファーム人はクックに色々な場所を紹介し、フィラネシア米の大樽2つを渡したと記録に書いている。また、この頃からイギリスなどの外国と交易を開始した他、港や都市が整備されていたと考えられる。 西暦1780年頃「産業革命と改名、アメリカとの条約」: イギリスで始まった産業革命の波が到来し、今までの農業を効率化するように改良堆肥や汽車、加工場などが作られるようになり、国全体が急速に効率化を開始した。また、この時に現在のファーム共和国連邦に改名。独立したアメリカと自由貿易条約を締結し、経済的に発展した。 西暦1790年〜1870年頃「安定期の到来」: この80年間はかなり安定しており、貿易なども盛んに行われ、国内の工業・農業が発展し大きな事件なども起きず、平和な期間だった。 西暦1800年代後半「列強の影と対仏戦争の勝利」: 1880年頃、フランスが連邦へ圧力をかけ始め、ついに1885年3月、フランス政府は連邦政府へ領土割譲を要求。連邦政府はそれを拒否し、戦争を開始した。フランス軍は上陸を開始したが、兵数差と食料供給網の違いに圧倒され、翌1886年6月4日、多額の賠償金をファーム共和国連邦に支払い講話。連邦の4者数は120人、負傷者は1400人に対し、フランス軍の4者数は3450人、負傷者数は7650人に及んだ。また、賠償金は戦地の復興に当てられ、戦争で疲弊した連邦民の精神に余裕を持たせる戦争となった。 西暦1914年「第一次世界大戦と軍事面での発展」: 1914年、第一次世界大戦が勃発。太平洋上に存在する連邦に影響はなかったが、武器の輸出、食料輸出などで工業、農業が成長し、第二経済成長が起きた。また、国営開発社による銃、兵器の開発で軍事面での発展も遂げた。 西暦1930年頃「世界恐慌と連邦経済」: 1929年、アメリカから始まった世界的な恐慌の影響が連邦にも及ぶが、官民の連携で1933年頃には10%ほどに上がっていた失業率が2%ほどまで低下し、経済も回復した。 西暦1941年頃「日農戦争と日本の大敗」: 1941年、日本が連邦北部の都市サイメアを奇襲攻撃、その後宣戦布告を発表。幸いにも奇襲攻撃による4者は出なかったが、家屋への被害は甚大で連邦政府は日本との戦争を決意。同年12月10日、連邦政府は大本営へ宣戦布告を発表。同年12月18日、北ファルシア海にて日本の艦隊と接敵し、空母3隻、駆逐艦5隻、重巡1隻を撃沈、戦艦2隻、駆逐艦4隻、空母3隻を大破させることに成功。連邦の被害は空母1隻に敵機1機が衝突し甲板が少し炎上しただけに留まった。翌年1月13日、連邦政府は日本へ白紙講話を通達。同年1月21日に大本営が受諾し、日農戦争は終結した。 西暦1943年〜現在「日常」: 日農戦争が終結した翌年、復興が終わった1944年から現在まで安定的な経済と平和な日が続いている。
+*注意*+ これはファーム共和国連邦の創作歴史であり、現実とは一切関係ない事に留意してください。