〜人間が去った日〜 その人間は、俺たちの想像していたものとは少し違った。 少なくとも、Papyrusにとってはそうだった。 「Sans!」 ある日、Papyrusが家に帰ってくるなり、俺を呼んだ。 「ん?」 「人間はすごいぞ!」 「……そうか。」 「ボクと友達になった!」 「それはよかったな。」 「それだけじゃない!」 Papyrusは嬉しそうに話し始めた。 人間と何をしたのか。 どんな話をしたのか。 どんなモンスターと出会ったのか。 俺は黙って聞いていた。 時々、相槌を打つ。 時々、Papyrusが話を盛っているところを指摘する。 それだけだった。 でも、Papyrusが楽しそうに話すのを聞いていると、不思議と身体の寒さを忘れられた。 ……ほんの少しだけ。 その人間は、モンスターを傷つけなかった。 戦うことを選ばなかった。 誰かを助けて。 誰かと話して。 最後には、地下にいたモンスターたちの心まで変えてしまった。 俺は、そのことを知った時、少しだけ驚いた。 そして、少しだけ安心した。 もしかしたら。 この地下にも、まだ何か残っているのかもしれない。 そんなことを思った。 やがて、人間は王のもとへ辿り着いた。 長い旅の終わりだった。 そして―― 人間は、地下を出た。 誰も殺さずに。 誰も憎まずに。 俺たちを置いて。 地上へ。 でも、王の姿はどこにもなかった。 だが、その知らせを聞いてPapyrusは嬉しそうだった。 俺も、嬉しかった。 少なくとも、そのつもりだった。 人間がいなくなった。 戦いも終わった。 長い間続いていた問題も、ようやく終わった。 だから。 これで全部、元に戻る。 そう思っていた。 ……でも。 次の日も、寒かった。 その次の日も。 さらに、その次の日も。 寒さは弱まらなかった。 むしろ、強くなっていた。 Snowdinの雪は、以前より深く積もった。 Waterfallの川は、ほとんど動かなくなった。 Hotlandでは、かつてあれほど熱かった場所が、静かになっていた。 そして。 イビト山の熱は、ほとんど消えていた。 「……おかしいな。」 俺は、山を見上げながら呟いた。 人間がいなくなれば、何かが変わると思っていた。 でも、何も変わらなかった。 いや。 正確には、変わっていた。 悪い方向に。 地下世界は、少しずつ凍っていた。 それでも、Papyrusはいつも通りだった。 「Sans!」 「ん?」 「今日はこれを買ってきたぞ!」 Papyrusが、小さな包みを見せる。 「何それ。」 「新しい玩具だ!」 「……お前、まだそういうの買うのか?」 「もちろんだ!」 Papyrusは笑った。 「いつか地上に出たら、もっとたくさん買えるからな!」 「……そうだな。」 俺は笑った。 でも、その時。 Papyrusの手が、少し震えていることに気づいた。 「Papyrus。」 「ん?」 「……寒いのか?」 「大丈夫だ!」 いつもの答えだった。 けれど、その声は少しだけ弱かった。 俺は何も言わなかった。 ただ、Papyrusの手を握った。 冷たかった。 ……俺の手よりも。 その頃には、もう分かっていた。 俺たちは、まだ助かっていない。 人間が地下を出ても。 戦いが終わっても。 自由になっても。 地下世界そのものが、俺たちを凍らせようとしていた。 そして、その寒さから俺を守るために。 Papyrusは、自分の温もりを使い続けていた。 〜またいつか〜 人間が地下を去ってからも、寒さは止まらなかった。 日を追うごとに、少しずつ。 Snowdinの雪は溶けなくなった。 Waterfallの水は、ところどころ凍り始めた。 Hotlandの熱は弱まり、かつて炎に包まれていた場所にも冷たい風が吹くようになった。 そして、イビト山。 地下世界を温め続けていた山の熱は、もうほとんど残っていなかった。 誰もが、このままではいけないと分かっていた。 暖炉に薪をくべる。 火を集める。 厚い服を着る。 温かい食べ物を分け合う。 できることは、全部やった。 それでも寒かった。 俺も、少しずつ身体が重くなっていた。 歩くのが面倒になった。 長く外にいると、身体の奥まで冷えていく。 そんな俺を見て、Papyrusは何度も声をかけてきた。 「Sans。」 「ん?」 「今日は特に寒いな!」 「……そうだな。」 「なら、ボクが温めてやろう!」 「いや、今日はいい。」 「なぜだ?」 「お前が冷えるから。」 「ボクなら大丈夫だ!」 いつもの答え。 でも、俺には分かっていた。 Papyrusの手は、少しずつ冷たくなっている。 それでも、あいつは俺の手を握った。 身体の奥に、小さな温もりが流れ込んでくる。 冷え切っていた身体が、ほんの少しだけ軽くなった。 「……暖かい。」 そう言うと、Papyrusは嬉しそうに笑った。 「そうだろう!」 俺は、その笑顔を見ると何も言えなくなった。 それから。 Papyrusは毎日のように、俺へ温もりを分けるようになった。 少しずつ。 ほんの少しずつ。 俺が寒がるたびに。 俺が動けなくなるたびに。 「今日は少し多めにしておいたぞ!」 「……やりすぎ。」 「兄ちゃんは心配性だな!」 「お前が心配なんだよ。」 そう言うと、Papyrusは少し照れたように笑った。 俺は、その笑顔を嫌いになれなかった。 だから。 気づくのが遅れた。 Papyrus自身の温もりが、少しずつ減っていることに。 * ある日、Papyrusが一冊の本を持ってきた。 「Sans! これを読んでくれ!」 「……お前が読めばいいだろ。」 「今日は兄ちゃんの声で聞きたい!」 「贅沢だな。」 「兄弟だからな!」 俺は本を受け取った。 古い本だった。 何度も読まれた跡がある。 俺は椅子に座り、ゆっくりとページをめくった。 Papyrusは、その隣で静かに聞いていた。 途中で何度か質問をしてくる。 「なぜ主人公はそこで戻らなかったんだ?」 「さあな。」 「Sansならどうする?」 少し考える。 「……戻るかな。」 「なぜだ?」 「置いていけないだろ。」 Papyrusは少し黙った。 それから、 「そうだな。」 と呟いた。 本を読み終える。 暖炉の火が、小さく揺れていた。 「……今日はもう寝るか?」 「うん。」 Papyrusは頷いた。 その夜も、俺の手に温もりが流れ込んできた。 ……暖かかった。 だからこそ。 俺は、気づかないふりをしていた。 Papyrusが弱っていることに。 * 最初に気づいたのは、食事だった。 Papyrusの食べる量が、少しずつ減っていた。 次に、歩く速度。 以前なら俺を置いていくくらいだったのに、最近はずっと俺の隣を歩いている。 そして。 笑う回数も、少しだけ減った。 「Papyrus。」 「なんだ?」 「最近、疲れてないか?」 「大丈夫だ!」 「……そう。」 それ以上は聞かなかった。 Papyrusが笑っていたから。 俺は、その笑顔を壊したくなかった。 でも。 本当は分かっていた。 Papyrusは弱っている。 俺に温もりを分けるたびに。 少しずつ。 少しずつ。 あいつ自身の温もりがなくなっている。 それでも、俺は止めなかった。 ……いや。 止められなかった。 止めれば、俺はまた寒くなる。 Papyrusがいなくなれば。 俺は―― そこまで考えて、やめた。 考えたくなかった。 その夜も、Papyrusは俺の手を握った。 いつもより、少し長く。 「……Papyrus。」 「なんだ?」 「もういい。」 「何がだ?」 「温めなくていい。」 Papyrusは黙った。 しばらくして、小さな声で言った。 「……兄ちゃん。」 「ん?」 「ボクは、兄ちゃんに生きていてほしい。」 胸の奥が、少し痛んだ。 「……俺だって、お前に生きていてほしいよ。」 Papyrusは笑った。 いつもの笑顔だった。 でも。 その笑顔は、少しだけ寂しそうだった。 「なら、同じことだな!」 「……違うだろ。」 「同じだ!」 「違う。」 「同じだ!」 「……頑固だな。」 「兄ちゃんに似たんだ!」 「それは知らなかった。」 Papyrusが笑う。 俺も、少しだけ笑った。 それが。 その日の最後の会話になった。 翌朝。 Papyrusは、起きなかった。 DTFE by TeanDTFE UNDERTALE by Toby fox 氏