ジュエル家に、新しい神獣がやってきてから数日。 「……」 『……』 「……」 『……』 私の部屋にいる二匹の神獣。 白狐のコノアと、白虎のハクガ。 一見すると仲良く過ごしているように見える。 ……が。 『ねえ、ハクガ』 『何だ』 『そこ、僕の場所なんだけど』 『そうか』 『そうかじゃない!』 「……」 私は本を読んでいた手を止める。 「コノア」 『何?』 「コノアの場所ってどこ?」 『コロンの膝の上』 「それは私の膝だよ」 『……』 「それに今はハクガがいるから、空いてないよ」 『……』 コノアがじーっとハクガを見る。 ハクガもコノアを見る。 『……』 『……』 「二人とも?」 『ハクガ』 『何だ』 『そこ、どいて』 『嫌だ』 『なんで!?』 『僕が先に来た』 『僕の方が先にコロンと会った!』 『それは関係ないだろう』 『大ありだよ!!』 「……」 私はため息をついた。 「また始まった……」 『僕の方がコロンのこと知ってるんだから!』 『……くだらない』 『なんだとぉ!?』 「二人とも喧嘩しないで!」 『これは喧嘩じゃない!』 『ただの話し合いだ』 「声が大きいよ!」 『ハクガが悪い!』 『コノアが騒がしい』 『僕は騒がしくない!』 「……」 私は思った。 ――この二匹、相性悪いな。 ◆ その日の午後。 庭に出ると、コノアとハクガもついてきた。 「今日は魔法の練習しようかな!」 『僕も見てる!』 『僕もいる』 「うん!」 私は庭の中央に立つ。 「今日は新しい合成魔法を試してみる!」 『また危ないことするの?』 「危なくないよ!」 『この前、庭の木を半分吹き飛ばしたよね』 「……あれは失敗!」 『失敗で済ませる規模じゃなかったよ』 「今度は大丈夫!」 私は魔法式を組み立てる。 「えっと……火属性を少しだけ使って、風を――」 そのとき。 『コロン』 「?」 『魔力の流れが少し乱れている』 ハクガが言った。 「え?」 『そこだ』 ハクガが魔法式の一部を指す。 『この部分を少し変えろ』 「……!」 私は魔法式を見る。 「本当だ……!」 『魔力がぶつかっている』 「なるほど!」 私は式を修正する。 「ありがとう、ハクガ!」 『ああ』 『……』 コノアがじーっとハクガを見る。 『……』 「コノア?」 『別に』 「絶対何かあるでしょ」 『ないよ』 「顔に出てるよ?」 『出てない』 コノアはぷいっと横を向く。 『僕だって魔法詳しいし』 「うん?」 『僕だってコロンに教えられるし』 「うん」 『僕だって――』 『コロン』 「なに?」 『次は僕が教える』 『ハクガ!』 「え?」 『僕が先に教えるって言ったの!』 『そんな決まりはない』 『あるの!』 『ない』 『ある!』 『ない』 「……」 また始まった。 ◆ 『僕の方がコロンのこと分かってる!』 『なら証明してみろ』 『言われなくても!』 コノアが勢いよく飛び出した。 「コノア!?」 ハクガも反射的に身構える。 『コノア、やめろ!』 『負けないもん!』 「二人とも――!」 バシュッ!! 「えっ!?」 魔力がぶつかった。 小さな衝撃波が庭に広がる。 ハクガはすぐに力を抑えた。 しかし。 「コノア!」 コノアの身体が地面を転がる。 『……っ』 「コノア!」 私は慌てて駆け寄った。 白い毛に赤い傷がついている。 「血……!」 『……大丈夫』 「大丈夫じゃないよ!」 『これくらい……』 「動かないで!」 私はコノアを抱き上げる。 ハクガはその場に立ち尽くしていた。 『……』 金色の瞳が揺れている。 『……僕が』 小さく呟く。 『僕が、やりすぎた……』 ◆ 「コノア、治すからね」 『うん……』 私は傷口に手を当てる。 「《ヒール》……!」 淡い光がコノアを包む。 すると。 コノアの身体に、私の魔力が流れ込んでいく。 『……』 「コノア?」 『……あ』 「どうしたの?」 『コロンの魔力……』 「?」 『今、僕の中に流れてきてる』 「うん」 『……すごい』 「?」 『水みたい』 「水?」 『うん』 コノアが目を閉じる。 『すごく澄んでる』 『濁りがなくて……きれい』 「……」 『それに……』 コノアが気持ちよさそうに尻尾を揺らす。 『すごく心地いい』 「よかった……」 『なんだか、安心する』 傷が少しずつ消えていく。 『コロンの魔力って……不思議だね』 「そうなの?」 『うん』 コノアは嬉しそうに笑った。 『ずっと浴びていたいくらい』 「えへへ」 『……』 少し離れた場所で。 ハクガはその様子をじっと見ていた。 ◆ 「……コロン」 「パパン!」 騒ぎを聞きつけて、アレンとノエルがやってきた。 「何があったんだい?」 「コノアとハクガが喧嘩して……」 「喧嘩?」 「うん。でも、もう大丈夫!」 コノアの傷はほとんど消えている。 アレンは安心したように息を吐く。 「そうか……」 そして。 「……コロン」 「?」 「今、治癒魔法を使ったのかい?」 「うん!」 「……」 アレンが少し困った顔をする。 「どうしたの?」 「いや……」 アレンはしゃがんで私と目線を合わせた。 「コロン」 「うん」 「治癒魔法そのものは悪くないよ」 「うん」 「でもね」 少しだけ真面目な顔になる。 「魔力を直接相手に流すことは、誰にでもしていいことじゃないんだ」 「……?」 『?』 コノアも首を傾げる。 「どうして?」 「この世界ではね」 アレンは少し言いにくそうに続ける。 「自分の魔力を相手に分け与えることは――」 「……」 「深い信頼や愛情を示す行為として考えられているんだ」 「愛情?」 「うん」 「家族とか?」 「そう。家族や、とても大切な人にすることが多い」 「……」 私はコノアを見る。 「でもコノアは大切な友達だよ?」 「それは分かっているよ」 アレンは優しく笑う。 「だから、コノアに治癒を使ったことを怒っているわけじゃない」 「よかった……」 「ただ――」 アレンは私の頭を撫でる。 「知らない人や、よく知らない相手には、なるべく魔力を直接渡さないようにね?」 「分かった!」 「うん。いい子」 『……』 コノアが何とも言えない顔をしている。 『……つまり』 「?」 『コロンの魔力って、そんなに特別なものだったんだ』 「そうみたい」 『……なんか嬉しい』 「なんで?」 『秘密』 「えー?」 『秘密だよ』 コノアは尻尾で私の頬を撫でた。 ◆ その少し後。 ハクガは一人で庭にいた。 『……』 コノアが近づいてくる。 『ハクガ』 『……何だ』 『さっきのこと、気にしてる?』 『……』 ハクガは答えない。 『僕は大丈夫だよ』 『……僕が傷つけた』 『でも、コロンが治してくれた』 『それでもだ』 ハクガは俯く。 『僕は力を抑えられなかった』 『……』 『もし、もっと酷い怪我をさせていたら』 コノアは少し驚いた。 いつも冷静なハクガが。 こんなにも落ち込んでいる。 『ハクガ』 『何だ』 『コロンは怒ってないよ』 『……』 『僕も怒ってない』 『……』 『だから、そんな顔しないで』 『……顔?』 『すっごく怖い顔してる』 『元からだ』 『そういう意味じゃないよ!』 コノアが笑う。 『それに――』 『?』 『次に喧嘩するときは、僕も手加減するから』 『……』 『だからハクガもね』 『……分かった』 ハクガは小さく頷いた。 ◆ その夜。 コロンの部屋。 「ねえ、コノア」 『なに?』 「今日の治癒魔法のことなんだけど」 『うん』 「私の魔力って、本当に水みたいなの?」 『うん』 「どんな感じ?」 『……』 コノアは少し考える。 『きれい』 「……」 『冷たいわけじゃないけど、澄んでいて』 『身体の中に入ってくると、すーっと広がる感じ』 「へぇ……」 『それに、なんだか安心する』 「……」 『コロンの魔力って、コロンそのものみたい』 「私そのもの?」 『うん』 コノアが笑う。 『優しくて、あったかい』 「……なんか恥ずかしい」 『なんで?』 「分かんない!」 『ふふっ』 コノアが私の肩に乗る。 『でも、僕は好きだよ』 「私の魔力?」 『うん』 「そっか」 私は笑った。 ◆ 一方。 屋敷の外。 ハクガは月を見上げていた。 『……』 今日のことを思い出す。 コノアを傷つけた。 それを見たコロンが、必死に治そうとしていた。 そして――。 コロンの魔力。 『……澄んだ魔力』 ハクガは呟く。 『まるで――』 言葉が止まる。 胸の奥に。 何か懐かしい感覚があった。 『……?』 ハクガの頭の中に、一瞬だけ映像が浮かぶ。 黒い表紙。 金色の紋章。 小さな手。 そして。 『……コロン』 昔。 誰かに呼ばれた気がした。 『……』 しかし、その記憶はすぐに消えた。 『僕は……』 ハクガは自分の胸元に手を当てる。 『一体、何者なんだ?』 ◆ 翌朝。 「コロン!」 「ん?」 ハクガがやってきた。 『昨日は……』 「?」 『すまなかった』 「え?」 『コノアを傷つけた』 「もう治ったよ?」 『それでもだ』 ハクガは真剣な顔をしている。 『もう二度と、僕の力でお前の大切なものを傷つけない』 「……」 私は少し考えて。 ハクガの頭を撫でた。 「じゃあ、仲直りしよう」 『……』 「ね?」 『……ああ』 ハクガが目を細める。 すると。 『ハクガ!』 「?」 コノアが走ってくる。 『僕とも仲直りね!』 『……ああ』 『よし!』 コノアがハクガに飛び乗る。 『うわっ!?』 『これで仲直り!』 『重い』 『失礼!』 「ふふっ」 私は二匹を見る。 白狐と白虎。 まだまだ喧嘩するだろう。 でも。 きっと。 少しずつ仲良くなっていく。 そんな気がした。 そして――。 ハクガの胸元に。 一瞬だけ。 あの魔導書と同じ紋章が浮かび上がった。 『……』 ハクガはそれに気づく。 だが。 今度は何も言わなかった。 ただ。 コロンの隣に静かに座った。