――今日は、私の4歳の誕生日。 「コロン、起きてるかい?」 コンコン。 「コロン?」 「……んぅ……」 私は布団の中で丸まっていた。 今日は誕生日。 でも、まだ眠い。 「……あと五分……」 『コロン』 「……」 『今日、誕生日だよ』 「……」 『ケーキあるかも』 「…………」 ガバッ!! 「起きた!!」 私の肩に乗っていたコノアが、呆れたように尻尾を揺らす。 『やっぱり起きた』 「ケーキあるの!?」 『たぶん』 「たぶん!?」 『僕の勘だけど』 「それ絶対食べたいだけでしょ!」 『僕は神獣だからね。美味しいものには敏感なんだよ』 「神獣って便利な言葉だね……」 『でしょ?』 コノアは得意げに胸を張った。 ◆ 急いで着替えて部屋を出る。 「おはよう、コロン」 「おはよう、パパン!」 私の父――ジュエル・アレンが笑顔で迎えてくれた。 「4歳の誕生日、おめでとう」 「ありがとう!」 パパンは私の頭を優しく撫でる。 「もう4歳か……」 「どうしたの?」 「いや……ついこの前まで赤ちゃんだったのに、もう4歳なんだなって」 「私、大きくなった?」 「うん。すごくね」 パパンは嬉しそうに笑った。 「でも僕にとっては、いつまでも可愛い娘だよ」 「パパン、親バカだね」 「そうかな?」 「うん!」 「それなら仕方ないね」 全然反省していない。 『コロン』 「なに?」 『君のお父さん、今日もすごいね』 (うん) 『僕、ちょっと引いてる』 (私も) 「二人とも何か言った?」 「「何も!」」 ◆ 「コロン」 「お兄ちゃん!」 兄のジュエル・ノエルもやってきた。 「4歳の誕生日、おめでとう」 「ありがとう!」 「私からもプレゼントがあるよ」 「えっ!」 「あとで渡すね」 「楽しみ!」 『僕のは?』 「コノアは?」 『僕も誕生日じゃないけどプレゼント欲しい』 「なんで!?」 『だってコロンの誕生日だよ?』 「関係ないじゃん!」 『あるよ』 「どんな関係?」 『コロンが嬉しい日は、僕も嬉しい』 「……」 『だから僕にも何かあるかなって』 「……」 「可愛い……」 『でしょ?』 「自分で言わないの!」 ◆ 朝食を食べ終えると。 「コロン」 「なに? パパン」 「僕からの誕生日プレゼントを渡そうかな」 「!」 パパンが持ってきたのは――。 一冊の古びた本だった。 分厚い黒い表紙。 金色の装飾。 そして中央には、見たことのない紋章が刻まれている。 「……本?」 「そう」 「何の本?」 「魔導書だよ」 「魔導書!?」 私は目を輝かせた。 『……!』 コノアも私の肩の上から魔導書を覗き込む。 「この魔導書はね、ジュエル家に代々受け継がれてきたものなんだ」 「代々……?」 「うん」 パパンは魔導書を大切そうに撫でた。 「かなり古いものだよ。何百年も前から、この家に伝わっている」 「すごい……!」 私は魔導書を見つめる。 「じゃあ、パパンも使ったことあるの?」 「もちろん試したよ」 「使えた?」 「……」 パパンは少し苦笑した。 「残念ながら、僕には使えなかった」 「お兄ちゃんは?」 「私も無理だったよ」 ノエルが答える。 「この魔導書は、読むこと自体は誰でもできるんだ」 パパンが続ける。 「書いてある魔法理論を読んだり、普通の魔法の知識を得たりすることは誰にでもできる」 「じゃあ、どうして使えないの?」 「この魔導書にはね――」 パパンは本を開いた。 「普通の人には使えない、特別な魔法が記されているんだ」 「特別な魔法……」 「うん」 パパンは私を見る。 「それを使えるのは、この魔導書に認められた『選ばれし者』だけなんだ」 「選ばれし者……」 私は魔導書をじっと見る。 すると。 パパンが少し困ったように笑った。 「ただね、コロン」 「?」 「扱えない可能性も大いにあるから、扱えなくても落ち込むことはないからね……?」 「……!」 「この魔導書は、僕にもノエルにも扱えなかったものだからね」 「…………」 「だから、もしコロンが扱えなくても――」 パパンは優しく私の頭を撫でる。 「それはコロンの才能がないってことじゃないよ」 「……パパン」 「これは、ただのプレゼントだよ」 パパンは笑った。 「だから気楽に受け取ってくれたら嬉しいな」 「…………」 私は魔導書を見る。 そして。 「うん!」 私は両手で魔導書を受け取った。 「ありがとう、パパン!」 「どういたしまして」 『コロン』 「なに?」 『開いてみようよ』 「うん!」 ◆ 私は魔導書の表紙に手を置いた。 そして――。 パァァァァ……。 「……え?」 魔導書が光った。 「!?」 ページが勝手にめくられていく。 パラパラパラパラ――。 部屋に淡い光が広がる。 「これは……!」 パパンが目を見開く。 ノエルも驚いている。 「私が触ったときは、こんなこと起きなかった……」 「僕もだよ」 パパンの声が震える。 「コロン……」 「……?」 「その魔導書が……」 パァァァ……。 さらに強く光る。 「君を認めたみたいだ」 「……!」 私は驚きながらページを見る。 そこには。 今まで見たことのない魔法式が書かれていた。 「なにこれ……」 魔力の流れ。 魔法式の構造。 属性同士の干渉。 見たこともない複雑な術式。 なのに。 不思議と理解できる。 「……すごい」 『コロン』 「うん」 『これ、君にしか使えないみたい』 「……!」 私は魔導書を抱きしめた。 「これ、私の?」 パパンはしばらく黙っていた。 そして。 「うん」 優しく笑った。 「コロンの魔導書だよ」 「やったぁ!」 私は思わず飛び跳ねた。 「ありがとう! パパン!」 「喜んでもらえてよかったよ」 『コロン』 「なに?」 『僕も嬉しいよ』 「コノアも?」 『うん』 コノアは私の肩に乗ったまま、魔導書を覗き込む。 『でも……』 「?」 『これからもっと忙しくなりそうだね』 「どうして?」 『君、絶対これ読み始めたら止まらないでしょ』 「…………」 『図星だ』 「……えへへ」 ◆ そして。 コノアの予想は当たった。 「コロン、そろそろお昼だよ」 「あとちょっと!」 「コロン、昼食を食べよう」 「あとこのページだけ!」 「コロン、もう夕方だよ?」 「あと一ページ!」 『コロン』 「なに?」 『朝からずっと読んでるよ』 「だって面白いんだもん!」 『僕も最初は面白かったけど……』 コノアが肩の上で欠伸をする。 『僕、もう眠い』 「じゃあ寝ていいよ」 『コロンは?』 「私は読む!」 『じゃあ僕も起きてる』 「なんで?」 『コロンと一緒にいたいから』 「……」 『それに』 「?」 『僕がいないと、君また無茶しそうだし』 「しないよ!」 『昨日魔力切れで倒れたよね』 「…………」 『一昨日も』 「…………」 『その前も』 「コノア」 『なに?』 「黙って」 『はい』 コノアは素直に口を閉じた。 ◆
魔導書には。 普通の魔法理論だけではなく。 魔力の流し方。 魔法式の組み立て方。 魔力効率の上げ方。 属性同士の相性。 そして――。 「合成魔法……!」 私は目を輝かせた。 「炎と風だけじゃない……!」 『どういうこと?』 「魔法を三つ、四つって組み合わせることもできるみたい!」 『へぇ』 「しかも、順番を変えるだけでも効果が変わる!」 『……』 「これ、すごい!」 私はページをめくる。 「こっちは水と風……」 「こっちは光と火……」 「こっちは――」 『コロン』 「なに?」 『楽しそうだね』 「うん!」 私は夢中になっていた。 前世では当たり前だった便利な道具。 それを魔法で再現できる。 それどころか。 魔法そのものを改良できる。 「もっと知りたい!」 『うん』 「もっと魔法を使ってみたい!」 『うん』 「もっとすごい魔法を作りたい!」 『……』 コノアは少し笑った。 『じゃあ、僕も付き合うよ』 「本当?」 『もちろん』 「ありがとう!」 『僕はコロンの神獣だからね』 「またそれ?」 『大事なことだよ』 ◆ それから数週間。 私の魔法技術は、急激に上がっていった。 「《ライト》!」 ポンッ。 以前より明るく、長時間維持できる光。 「《ヒール》!」 淡い光が広がり、傷を癒す。 「《ウォーム》!」 水が一瞬で温かくなる。 「《クール》!」 今度は冷たい風が生まれる。 そして。 「《ドライヤー》!」 ゴォォォォッ! 温かい風が吹く。 コノアの白い毛がふわふわ揺れた。 『……気持ちいい』 「でしょ?」 『これ好き』 「コノア専用にしようか?」 『ほんと!?』 「嘘」 『ひどい!』 「ふふっ」 『僕、神獣だよ!?』 「知ってる知ってる」 『もっと敬ってよ!』 「じゃあケーキあげない」 『……』 「どうする?」 『……敬います』 「よろしい」 『でもケーキは欲しい』 「結局それ!?」 ◆ そんな日々を。 パパンとノエルは、少し離れた場所から見守っていた。 「……すごいですね」 ノエルが呟く。 「ああ」 パパンも頷く。 「魔導書を手にしてから、魔力操作の精度が別人みたいに上がっている」 「まるで最初から知っていたみたいです」 「……」 パパンはコロンを見る。 「きっと、この魔導書がコロンを選んだんだろうね」 「はい」 ノエルは微笑む。 「私も、少し嬉しいです」 「どうして?」 「妹が楽しそうだから」 「……」 パパンが笑う。 「やっぱりノエルもシスコンだね」 「父上に言われたくありません」 「僕は親バカだからいいんだよ」 「それは理由になってません」 『……』 コノアが二人を見ていた。 『この家族、やっぱり面白いなぁ』 そして。 『でも――』 コノアはコロンを見る。 『コロンが楽しそうだから、僕も嬉しい』 コロンは気づかない。 ただ夢中で魔導書を読んでいる。 ◆ そして。 ある夜。 私は魔導書の最後のページまで読み進めていた。 「……あれ?」 最後のページに。 今までなかった文字が浮かんでいる。 「コノア」 『ん?』 「これ……」 『……?』 そこには。 たった一行。 『選ばれし者よ』 『汝が望むなら――』 『次なる頁を開け』 「…………」 私はゆっくりとページをめくった。 しかし。 そこには何も書かれていなかった。 真っ白なページ。 「……何もない」 『まだ早いんじゃないかな』 「……」 私は魔導書を閉じた。 そして。 「じゃあ――」 拳を握る。 「もっと魔法が上手になればいいんだね!」 『うん』 「もっと勉強する!」 『ほどほどにね』 「もちろん!」 『……絶対ほどほどじゃないよね』 「聞こえてるよ!」 『あははっ!』 コノアが楽しそうに笑った。 ◆ 4歳の誕生日。 私は、一冊の古い魔導書をもらった。 誰でも読むことはできる。 けれど。 その力を引き出せるのは、選ばれし者だけ。 そして――。 魔導書が選んだのは。 ジュエル・コロン。 私だった。 この日から。 私はさらに魔法に夢中になった。 魔法を覚え。 魔法を研究し。 魔法を組み合わせ。 そして――。 新しい魔法を作っていく。 まだ誰も知らない。 この小さな少女が。 やがて世界の魔法の常識を変えていくことを。 そして。 魔導書の最奥に眠る、本当の力が何なのかを。 『コロン』 「なに?」 『明日のケーキ、何味かな』 「……」 『僕、苺がいいな』 「魔導書よりケーキなの!?」 『ケーキは大事だよ』 「もう……」 私は笑った。 肩の上では。 白い神獣が嬉しそうに尻尾を揺らしている。 そして。 誰も気づかない魔導書の最後のページに。 一瞬だけ、淡い光が灯った。 そこに浮かんでいた文字は――。 『神の子――認証完了』