――翌朝。 「コロン、起きてるかい?」 「…………」 コンコン。 「コロン?」 「…………すぅ……」 私は布団の中で丸まっていた。 昨日は森へ行って、怪我をした神獣を治療して、お風呂に入れて、さらに新しい魔法まで作った。 そして何より――。 「……眠い……」 前世でも朝は苦手だった。 異世界に転生したところで、そこは変わらないらしい。 「コロン?」 「……あと五分……」 「ふふっ」 扉の向こうから、優しい笑い声が聞こえた。 「分かった。じゃあ、あと五分だけね」 足音が遠ざかっていく。 「……よし」 私は布団を頭まで被った。 しかし。 『コロン』 「……」 『起きて』 「……」 『朝だよ』 「……あと五分……」 『さっきも言ってたよ』 「……」 『僕、お腹空いた』 「……」 『ケーキあるかな』 「…………」 ガバッ!! 「コノア! ケーキ!?」 『やっぱり起きた』 「ずるい!」 私の肩に乗っていたコノアが、楽しそうに尻尾を揺らす。 『コロンって、食べ物の話をするとすぐ起きるよね』 「コノアだってケーキって言ったじゃん!」 『僕は神獣だからね』 「関係ある?」 『あるよ。たぶん』 「たぶんなんだ……」 私は着替えて、部屋を出た。 ◆ 「おはよう、コロン」 「おはよう、パパン!」 「……!」 父――アレンの顔が、一瞬で緩んだ。 「……コロン」 「なに?」 「もう一回言って」 「?」 「今の」 「おはよう、パパン?」 「……っ」 アレンは胸を押さえた。 「可愛い……」 「パパン?」 「朝から幸せすぎる……」 完全に親バカである。 私の肩では、コノアが呆れたように耳を動かした。 『……君のお父さん、朝からすごいね』 (うん) 『僕、ちょっと引いてる』 (私も) 「二人とも何か言った?」 『「何も」』 息ぴったり。 そこへ。 「おはよう、コロン」 「お兄ちゃん!」 ノエルがやってくる。 「……」 ノエルは私を見る。 「……」 そして。 「今日も可愛いね」 「ありがとう」 『……』 コノアが小声で話しかけてくる。 『ねえコロン』 「なに?」 『お兄ちゃん、毎日それ言ってない?』 (言ってる) 『飽きないのかな』 (たぶん一生言うと思う) 『……なるほど』 コノアは納得したように頷いた。 ◆ 朝食を終えた私は。 屋敷の中にある小さな魔法研究室へ向かった。 「コロン、今日は何をするんだい?」 「魔法を作る!」 「……魔法を?」 「うん!」 パパンが首を傾げる。 「昨日も何か作っていたね」 「ドライヤー!」 「……あの、髪を乾かす魔法か」 「そう!」 私は胸を張る。 「便利だったでしょ?」 「うん。とても便利だったよ」 パパンは少し考える。 「でも、どうしてそんな魔法を思いついたんだい?」 「前に使ったことがあるから!」 「前に?」 「うん!」 危ない。 前世のことを詳しく説明するわけにはいかない。 「……夢で見たの!」 「夢?」 「そう!」 「なるほど……」 パパンは納得した。 (よし……!) 転生者であることは、まだ秘密。 私は前世の知識を使って、この世界の魔法を便利にしていく。 それが私の目標だった。 ◆ 「まずは――」 私は紙に絵を描いた。 丸い筒。 その中に風を通す。 「これは?」 ノエルが聞く。 「掃除機!」 「……?」 「部屋のゴミを吸い込む道具!」 「ゴミを……吸い込む?」 「そう!」 『コロン』 「なに?」 『それ、本当に必要?』 「必要だよ!」 『僕、魔法でゴミくらい消せるけど』 「……」 『……』 「コノア」 『なに?』 「それ先に言って」 『だって今思いついたんだもん』 「……」 私は額を押さえた。 「じゃあ却下!」 『えぇ!?』 「自分で魔法使える人ばっかりじゃないもん」 『そっか』 「もっと簡単に使えるものが必要なの!」 『なるほどね』 コノアは肩の上で尻尾を揺らす。 『コロンって、意外と優しいんだね』 「意外とって何!?」 『ふふっ』 「むぅ……」 ◆
次に私は。 「照明!」 「照明?」 「暗いところを明るくする魔法!」 私は指を鳴らす。 「《ライト》!」 ぽんっ。 小さな光が浮かぶ。 「……」 パパンが目を見開いた。 「これは……」 「便利でしょ?」 「うん」 パパンは光をじっと見つめる。 「かなり便利だ」 「でしょ!」 「しかも魔力の消費が少ない」 「そこがポイント!」 私は得意げに胸を張る。 「魔法って、すごい威力を出せばいいってものじゃないんだよ!」 「……」 「少ない魔力で、簡単に使えて、生活を便利にできる魔法!」 パパンは黙って私を見る。 「……コロン」 「?」 「君は本当に三歳なのかい?」 「三歳!」 「……そうだったね」 パパンは苦笑した。 ◆ そして。 私の魔法開発は、どんどん進んでいった。 風を利用した送風魔法。 水を温める魔法。 冷やす魔法。 火をつける魔法。 そして――。 「《ライト》!」 部屋が明るくなる。 「《ウォーム》!」 水が温かくなる。 「《クール》!」 今度は冷たくなる。 『コロン』 「なに?」 『君、楽しそうだね』 「うん!」 前世では。 便利な道具が当たり前だった。 電気。 水道。 冷蔵庫。 エアコン。 スマートフォン。 たくさんの便利なものがあった。 でも、この世界には魔法がある。 だったら。 魔法で作ればいい。 「……」 私は少し笑った。 (前世では普通だった私でも) (この世界なら――) (何かできるかもしれない) ◆ その日の午後。 私は庭にいた。 「コロン」 「なに、ノエルお兄ちゃん?」 「少し魔法の練習をしない?」 「魔法の練習?」 「うん」 ノエルが手を差し出す。 「私が魔力の制御を教えるよ」 「いいの?」 「もちろん」 『コロン』 「なに?」 『お兄ちゃんに教えてもらうの?』 「うん」 『じゃあ僕も見てる』 「肩に乗ってるだけじゃん」 『応援してるんだよ』 「本当に?」 『うん』 コノアは私の肩の上で胸を張った。 『僕、神獣だからね』 「それ、便利な言葉だね」 『便利だよ』 ノエルが苦笑する。 「じゃあ、まずは小さな火を出してみよう」 「うん!」 私は手を前に出す。 「《ファイア》!」 ――ボォン!! 「……」 「……」 『……』 庭の木が一本。 ちょっと焦げた。 「…………」 ノエルが固まる。 「コロン」 「はい」 「小さくって言ったよね?」 「……はい」 『……コロン』 「なに?」 『僕、今の結構好き』 「褒めてる?」 『うん。派手で』 「ありがとう!」 「褒めてないよ」 ノエルが即座に突っ込んだ。 ◆ そんな私たちを。 屋敷の窓から見ている人物がいた。 パパンだ。 「…………」 アレンは黙って娘を見る。 「……」 その表情には。 父親としての優しさと。 魔法使いとしての驚きが混ざっていた。 「三歳で……あの魔力操作」 そして。 「それだけじゃない」 コロンが使っている魔法。 それは既存の魔法とは少し違う。 普通の魔法は。 炎なら炎。 風なら風。 水なら水。 一つの属性を、一つの目的に使う。 しかしコロンは違った。 「炎と風を組み合わせる……」 昨日のドライヤー。 今日の照明。 温度調整。 魔力の効率化。 「……魔法そのものを組み替えている」 アレンは静かに笑った。 「やっぱり僕の娘は天才だ」 親バカだった。 ◆ 夕方。 「コロン様、おやつですよ」 「ナツメさん!」 テーブルにケーキが置かれる。 そして。 『…………』 肩の上のコノアが固まった。 「コノア?」 『……』 「どうしたの?」 『……ケーキ』 「うん」 『……今日のは何ケーキ?』 「苺」 『…………』 尻尾がぶんぶん振られる。 「食べたい?」 『食べたい』 「じゃあ――」 『僕、神獣だから』 「うん」 『高貴な存在だから』 「うん」 『だから』 「だから?」 『……食べさせて』 「自分で食べられるでしょ!」 『肩から降りたくない』 「甘えんぼ!」 『僕、神獣なんだけど?』 「はいはい」 私は小さく切ったケーキをコノアの口元へ運ぶ。 ぱくっ。 『……!』 「どう?」 『最高』 「よかったね」 『ナツメ、今日も天才』 「ありがとうございます」 『明日も作って』 「もちろんです」 『約束だよ』 コノアは幸せそうに目を細めた。 神獣。 白狐。 規格外の存在。 そのはずなのに。 「……」 今は私の肩の上で。 ケーキを食べている。 (可愛い……) 『コロン』 「なに?」 『今、僕のこと可愛いって思ったでしょ』 「え!?」 『顔に出てたよ』 「出てない!」 『出てた』 「……」 『ふふっ』 コノアは楽しそうに笑った。 ◆ その夜。 私はベッドに入った。 コノアは私の枕元で丸くなっている。 『コロン』 「ん?」 『今日、楽しかった?』 「うん」 『魔法作るの、好き?』 「大好き!」 『そっか』 コノアは目を閉じる。 『じゃあ、いっぱい作ればいいよ』 「いいの?」 『うん』 「でも、変な魔法って言われるかも」 『僕は変だと思わないよ』 「……」 『だって、コロンが楽しそうだから』 私は少し笑った。 「ありがとう、コノア」 『どういたしまして』 少しだけ沈黙。 そして。 『……明日もケーキあるかな』 「そこなの!?」 『大事なことだよ』 「もう寝る!」 『えぇ……』 私は布団を被った。 肩の上から降ろされたコノアが、布団の端から顔を出す。 『コロン~』 「……」 『明日のケーキ……』 「知らない!」 『……ケーキ……』 「…………」 『……苺がいいなぁ』 「……もう!」 私は笑ってしまった。 ◆ ――この日。 私はまだ知らなかった。 自分が作り出した魔法が。 ただの便利な生活魔法ではないことを。 炎と風。 水と冷気。 光と魔力。 異なる属性を組み合わせることで。 今まで誰も考えつかなかった、新しい魔法体系が生まれようとしていることを。 そして。 私の魔力を狙う者が。 この世界のどこかにいることを。 けれど今は。 そんなことより。 「……明日は何を作ろうかな」 『僕はケーキがいい』 「魔法の話!」 『僕はケーキの話』 「もう!」 ――神の子の魔法研究は。 まだ始まったばかりだった。