⚠️この事故は単独の航空機史上 最も最悪な航空機事故です 笑い事ではありません あの事故から41年 1985年8月12日18時12分予定より12分遅れて乗客乗員524名を乗せた日本航空123便は羽田空港を離陸しました しかし離陸から12分後 垂直尾翼が破断し そこから油圧の作動液が漏れ出しました 機長は最初 ギヤに不具合が発生したと思い込んでいましたが航空機関士はハイドロ(油圧)が落っこちている事に気づきました 後に機長はスコーク77を発して羽田空港に引き返そうとしました しかし垂直尾翼と油圧が喪失した事によってダッチロールが発生し機体の操縦が困難になり 機体の旋回にはエンジンの出力を変更する手段しかありませんでした 1985年8月12日18時56分 日本航空123便は御巣鷹山の尾根に墜落しました 日本航空123便は墜落後 機体は原型を留めないほどに破壊されました この事故で乗客乗員合わせて520名が犠牲者となり 奇跡的に4名が生存しましたが犠牲者の多くには遺族が居ました 事故機は事故の7年前の1978年に115便の時に尻もち事故を起こし 機体後部が破損し 後部の圧力隔壁にも影響が出ました 製造元のボーイングはこれを修理しようとしましたが圧力隔壁の修理が不完全でした その後に圧力隔壁は 機体が着陸や離陸を繰り返した事によって金属疲労が発生し この金属疲労が日本航空123便の時に限界に達して圧力隔壁が破損し直後に垂直尾翼に大きな負担が掛かって破損しました ご冥福をお祈り申し上げます
原作 yama1358様