駆逐艦「立春」(くちくかん りっしゅん) スペック 武装 五式十三糎半自動高射砲×2 九六式二十五粍三連装高射機関砲×10 五式五十七粍連装高射機関砲×4 零式六十一糎四連装魚雷発射管×2 五式爆雷(複列五十糎)×30 五式爆雷投射器(五十糎)×8 電探/その他装備 五式特三一号電探×1 五式特五二号電探×2 三式探照灯×3 装甲 艦体両舷30mm 甲板20mm 艦橋50mm 主砲塔25mm バイタルパート50mm 速度 前進70km/h、後進45km/h 排水量 2007t 全長 110.2m 乗員 305人
説明 大日本帝国海軍が1946年に就役させた駆逐艦。本艦は1943年時点で米軍の航空戦力があまりにも強くなり過ぎたが故に、既存の駆逐艦や艦艇の防空兵装では対応出来ない為に四三計画として作られた。当時日本海軍は時限信管を調整する手間が多く、信管をセットしている間に爆弾を投下され被害を受けていた。その為信管設定の必要なしに敵機付近で爆発する弾が欲されていた。また、再装填が人間の体力に依存している事から疲労によるレートの低下が発生する事も大きな問題であった為、完全な自動装填装置の装備も必要とされていた。そのため本艦は長年の大日本帝国の悲願であった新兵器「自動炸裂信管弾」、英語圏での「VTヒューズ」を搭載した。また主砲は新規で50口径13.5cm単装砲を装備しており、自動装填装置によって1.2秒間隔で砲弾を撃ち出すことができかつ対艦用に5000mでの貫徹力145mmのAPCBCHE弾、5000mでの貫徹力126mmのSAPCBC弾も使用可能となっている。主砲塔には独逸と共同開発した近接偏差測定電探(五式特五二号電探、特三一号電探)が装備されており、5000m圏内の敵機を電探で補足、大まかな偏差を自動(所要時間1.3秒)で割り出しその仰俯角と角度を伝える機能が付いている。高射機関砲も旧知の25mm三連装に次いで陸軍ホ-401 57mm機関砲を長砲身化したものを連装で装備した五式五十七粍連装高射機関砲を装備していて、25mm高射機関砲だけでは届かない距離まで弾幕を張ることができた。夜戦にも対応出来るよう150cmの三式探照灯を3基搭載しておりこの探照灯は4000m広範囲と8000m通常の二つのモードがあり機関砲の照準を補佐した。雷装は陽炎型と同等の61cm四連装を2基搭載しており、ある程度の雷撃戦が可能だった。装甲も一般の駆逐艦より多く、榴弾や浅い角度の徹甲弾なら防げる防弾性能を有していた。爆雷はなんと50cmの五式爆雷を縦に投下軌条を積み重ねたものを3列装備しており、投射器は簡素化されかつ装填に時間がかからない五式爆雷投射器を装備している。本来は実験的に一隻のみ作る予定だったが、その高性能さ故に本艦を含め24隻が作られた。名前の由来は二十四節気の始め、「立春」。 主な戦歴 1946年8月 就役 1946年9月 赤二号作戦に参加、ノヴォシビルスク沖を警備 1947年3月 シチリア作戦に参加、航空機24機を撃墜 1948年3月 第一次アラスカ沖海戦に参加、航空機31機を撃墜、グリーブス級駆逐艦一隻を撃沈 1950年8月 第一次千島列島沖海戦に参加、航空機12機を撃墜、500ポンド爆弾が艦尾に着弾し自力航行が不可に、阿賀野によって横須賀まで曳航 1953年4月 修理完了 1953年5月 米五号作戦に参加、航空機50機を撃墜し小破 1953年8月 日の出復員作戦に参加、908名を日本本土に復員させる