イチロー(ICHIRO) 日米通算4367安打 オリックス3年目の1994年に日本プロ野球史上初のシーズン200安打を達成。7年連続で首位打者を獲得した。2001年にマリナーズに移籍。外野手として走攻守で活躍し、MVP、新人王を受賞。04年、262安打でMLBシーズン最多安打記録を樹立した。16年には日米通算でMLB最多安打を上回り、引退までに日米通算4367安打を記録した。06、09年にはWBC日本代表の主力として、チームを連覇に導いた。 岩瀬 仁紀(いわせ ひとき) 1002登板、407セーブの中日の守護神 1998年ドラフト2位で中日に入団した左腕投手。1年目からリリーフとして活躍し、最優秀中継ぎ投手を3回獲得。クローザーとなった2004年から11年連続で20セーブ以上をあげ、最多セーブ投手を5回獲得した。スライダーを武器にドラゴンズの守護神として5度のリーグ優勝、07年の日本一に貢献した。通算1002登板、通算407セーブは前人未到の日本記録。 掛布 雅之(かけふ まさゆき) 阪神日本一に貢献したミスタータイガース 1973年ドラフト6位で阪神に入団。76年に三塁手として、打率.325で初のベストナインを受賞。79年は48本で初の本塁打王となり、82年には、35本塁打、95打点で本塁打と打点の二冠。85年には打率.300、40本塁打で、チームのリーグ優勝、初の日本シリーズ制覇に貢献した。“ミスター・タイガース”と呼ばれ、阪神の四番打者としてチームをけん引した。
富澤 宏哉(とみざわ ひろや) 3775試合出場、後進の技術向上に貢献した名審判 1955年にセントラル・リーグ審判員となる。72年に米国の審判学校に自ら留学し、最新の審判技術を日本に採り入れた。80年にセントラル・リーグ審判部長に就任し、審判員の米国への留学制度を確立した。在籍35年間で歴代2位の通算3775試合に出場。現役を退いた後は、野球規則委員に就任。全日本野球会議審判技術委員会委員などを務め、プロ・アマの審判技術向上に貢献した。