日本国民として絶対忘れてはいけない日付、「2011年3月11日」。関東地方沿岸部から東北・北海道にまで甚大な被害を及ぼし何万人もの尊い命が失われた、東北地方太平洋沖地震が発生した日です。これの丁度一年後くらいに僕が生まれました。今回は、親に聞いた3つのエピソードをご紹介します。 まずは、地震が起きた瞬間のことです。うちは、2011年の頃は今住んでいる岐阜県の家ではなく京都府にある家に住んでいました。姉が生まれて間もないときのことだったそうです。お母さんからこんな話を聞きました。 「あの日、11日の午後にな、急に◯◯(姉の本名のため伏せる)が泣き出してな。よく見たら電灯が揺れてて、地震やってわかった。その後テレビ見たら津波が東北の方に来てるっていうニュースが流れてな。ほんまにびっくりしたわ。」と語ってくれました。地震の震源は東北地方の太平洋沖でしたが、京都まで揺れていたそうです。恐ろしいですね。 次は、父親から聞いた話です。これも自身の瞬間ですね。父はその日、名古屋に用事があって出掛けていました。丁度四日市のあたりに着いた時、揺れたそうです。橋の上だったので、一層怖かったと話してくれました。すぐそこの電柱や電灯が大きく揺れたそうです。本当に恐ろしい力であったことを物語っていますね。 次も、父の話です。父は、仕事の関係で実際に被災地に行き、救済活動を行ったそうです。そこで見たのは、「船がビルの上に乗り上げていた」と唖然と語ってくれました。…いやいや、恐ろしすぎますって! 父はその後、5か月くらいで生きて帰ってきたそうです。(そうじゃないと教えてくれないよ) 地震は、唐突に起き、一瞬で何百万という尊い命を奪います。それを防ぐために気象庁や大学の最先端な技術で予測したり計測したりが行われています。そんな人たちを応援したり、平和を願うことは誰にだってできます。やりましょう。この先の未来、不条理に命が奪われないことを願って…黙祷。 Mrs. GREEN APPLE 光のうた 作詞:大森元貴 作曲:大森元貴 出来れば あそこが沈む時に 1隻の船を差し出そう 「ワタクシ」のこの身滅びようとも あなたが助かればいいの あそこに続く光 君を抱えて唱えるんだ 隠れないでいいよ 悩まなくていいよ もう泣かなくていいよ 笑っていればいいの 優しさを感じてもらうために 無理に繕う 僕だけど 冒頭の4行にもあるように そんな人間になりたいの 未来に向かう途中 心に留めて 謳う わがままでいいと 背負い込まなくていいと 泣きたくなってもいいの 全て君次第でいいの 辛くなってもいいの そのまま歩けばいいの そのまま歩けばいいの 音源 https://scratch.mit.edu/projects/1155694141/