孤独な旅人 おれはタビビト。カゾクも、友達もいない。ナマエも、たぶんない。でも、いいのだ。タビビトなのだから。 誰かが「タビビト」と呼ぶことがあるけれど、それが自分のことかどうかは、確かめたことがない。 ただ、呼ばれるときに漂う匂いと声の調子で、「ああ、きっと自分のことだろう」と思う。 今日の風は、少しだけ冷たい。 季節が変わりはじめているらしい。空気の匂いも、地面の感触も、昨日とはどこか違っている。 朝、パンの香りに誘われて細い路地を抜けた。 いつもの裏口に、いつもの手が現れる。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」 ひとかけらの柔らかいパンが、ぽんと投げられる。なんと言っているかは、パンに夢中で気づかなかった。 その温もりをくわえて、少し高く跳ねるような気持ちで歩き出す。 途中で、小さな足音がついてくる。 声もする。 「まって〜!」 追いかけられるのは苦手だ。触れられるのもあまり好きじゃない。 だから、すっと曲がり角をすり抜けようとしたとき―― どさり、という音。 振り返ると、小さな手が地面についていた。 泣くかと思ったが、その顔は笑っていた。 「ダイジョーブ、だよ!」 その一言に何が込められていたのかはわからない。けれど、なんとなく安心して、小さく喉を鳴らしてからまた歩き出した。 木の下には、いつもの古い人。 タバコの匂いと、あたたかい指先。 何も言わずに隣に座ると、その手が背中を撫でた。 やさしい、とか、安心する、とか、そういう言葉は知らないけれど、その感覚は知っている。 風が吹いて、木の葉がひとつ、鼻先に落ちてきた。 ぴくりと動かしたが、すぐにどうでもよくなって、そのまままぶたを閉じた。 遠くで子どもが笑っている。 パン屋の匂いが風に乗って漂ってくる。 人の靴音、自転車のベル、すれ違う犬の気配。 すべてが、今日という日にちょうどいい。 特別なことは何もないけれど、 今日もまた無事に過ごせそうだ。 そう思いながら、光のなかで少しだけ夢を見る。 おれは孤独な旅人。孤独は猫のさだめである。
↑のやつをいい感じに映像化する 15fps15秒が現実的な範囲 一応自分で書きました(?)