プロローグ 私の母を殺したのは、私の言葉だ。 私は、たくさんの銃、たくさんの弾丸で、たくさんの人間を殺してきた。 しかし私の母を殺したのは他でもない私自身で、銃も、弾丸も必要としなかった。 「はい」 ……という言葉と、私の名前。この2つで母は死んだ。 私は、これまでに、たくさんの人間を殺してきた。 そして、きっとこれからも、たくさんの人間を殺すだろう。 というのも、2001年のある朝、NYのあの2つ並んだのっぽのビルに、航空機が派手に突っ込んだからだ。 少なくとも公式には、それ以前のアメリカ合衆国はどんなクソ野郎だろうと暗殺を禁じていたはずだった。 暗殺などしなくても、この国はその気になればいつでも言いがかりをつけて戦争を起こせるのだし、ひとりをこっそり殺したときにメディアに叩かれるよりも、堂々と大勢を殺した方が倫理的にハードルが低い。 1人よりも、何10万と殺した方が、正義の掲げやすさも段違いなのだ。 それがあの記念すべき9.11以来、だんだん緩くなっていき、今や「暗殺」と大っぴらに言わんでも、選択肢として十分に考慮に値するものだ、とみなされるようになっている。 だから、私は殺し屋になった……つもりは決してないが、入った職場が、その手の仕事をこなす回数を増やしていった。 もちろん、殺し以外にもたくさんの任務はあるが。 「陸軍」(アーミー) 「空軍」(エアフォース) 「海軍」(ネイビー) 「海兵隊」(マリーンズ) 「情報軍」(インフォメーションズ) からなるアメリカ合衆国五軍の特殊部隊で、私たちは、暗殺を請け負う唯一の部隊、 「特殊部隊『Eユニット』」 である。 ……というわけで私は今、軍用機の中で次の暗殺対象の元へと向かいながら、標的の資料にもう一度目を通しているのだ。 次に殺す相手の、 顔、 名前、 行動パターン、 家族構成、 政治的傾向、 ……全てに、相手の人生が染み付いている。 私たち特殊部隊員は、人間観察の手法を多かれ少なかれ叩き込まれている。 というのも、特殊部隊はドンパチだけが仕事ではなく、むしろ、後進国の訓練をしたり、敵対勢力内の民間人を医療や教育によって強化するような任務の方が多いからだ。 こういうのに大事なのは、ずばり、「コミュ力」だ。 つまるところ、人付き合いを嫌う一匹狼には向かない。そういう人間は傭兵が向く……と言いたいところだが、傭兵は傭兵で貧乏国軍の戦術指導だったりするから、同じようなものかもしれない。 私たちEユニットの連中はこれらに加えて、心理チャートを読み込み、その人物像を鮮明に想定できるような、心理学の教練課程も受けている。 実行に関してリスクが減ったとはいえ、暗殺そのものはいまだに困難極まりない仕事だ。 とても素人の手に負えるようなものではない。 何事も事前情報どおりにはいかない。不確定要素は必ず含まれている。というわけで、そうした不確定要素をできる限り減らすと同時に、その不確定要素が実際に発動したときの即応性を高める一環として、個々の隊員が暗殺対象の人物像を組み上げることが求められているのである。 それはつまり、殺す相手の姿と人生とを生々しく想像することに他ならない。相手に愛情を抱けるほどリアルに想像してから、 ……殺す。 全く、最悪のサド趣味だ。 そんな悪趣味がなんらトラウマにならないのは、ひとえに『感情規格化プログラム』のおかげだ。戦闘前に行われるカウンセリングと医学的処置によって、私たちは自身の感情や倫理を戦闘用に構成する。そうすることで私たちは、任務と自分の倫理を器用に切り離すことができる。科学の力というのは、全く素晴らしいものだ。 そういうわけで、私が資料を見ながら考えていたのは、標的に対する憐憫などではもちろんない。私が殺した今のところ最後の人間である、つまり母のことだった。 あれは、私が先日のアジアの紛争の後処理から帰ってきたときの話である。 母はチューブに繋がれ、たっぷりの薬品とナノマシンによって生かされるままになっており、医者はその処置の継続の可否を訊ねてきている。 外見はどこも欠損しておらず、まっさらな状態の母が、清潔なベッドに横たわり、無意識で私の決断を望んでいる。 生きているようにも見えるけれど、それは体内に注入された分子機械たちのおかげにすぎなかった。私たちが戦場で負傷した際に施される技術と同じものだ。こういうのは事故の際にも使われる。 白い病院の、白い静寂の中で、私は処置の中断に同意するファイルを差し出される。 延命措置の終了を承認しますか、という問いに、はい、という私自身の言葉と、指紋による認証。 そして意思を欠いた肉体から、分子機械群は撤退し、母は速やかに死を得る。 とはいえ、母は本当に死んでいたのだろうか? そもそも、その決断をくだす前までは生きていた、と言えるのだろうか? ともあれ、そうすることによって母は防腐処理を受けて、棺に綺麗に納められた。ここまでいけば、もうはっきり死んでいる。 これが、私の殺した、今のところ最新の人間だ。 ……どこからが「生」、どこからが「死」なのだろうか。 宇田「………………」 宇田「………ウノン…」 宇田「……ウーノーン!」 【画面、明るくなる】 ウノン「……ん…」 宇田「射出15分前だとよ。良い夢見れたか?……ウノン。」 ウノン(この男は、同僚の宇田彰庵。コードネームは「アイオン」。理屈より先に正義を信じる男だが、任務の帰りにくだらない冗談を言い合う程度には、私たちは親しい。) 周囲では、忙しなく同僚たちが立ち働いている。 ウノン「……あ…もうそんな時間なのですか…」 宇田「そうだ。」 ウノン(射出、と言ったが冗談ではない。最近の敵地侵入のトレンドはもはやパラシュート降下ではなく、電波の反射を極力抑えた侵入ポッドによる、高速で迅速な機動だ。貨物庫いっぱいに、巨人用のボールペンのような漆黒の物体が並んでいて、整備スタッフはチェックに慌ただしい。) 宇田「にしてもあんた……本当すごいな。」 ウノン「何がですか?」 宇田「この削岩機みたいな振動の中でよーく寝れるもんだ…」 宇田、半ば呆れている。 宇田「さっき乱気流に当たってめっっちゃ揺れたんだぞ!おかげで最悪の気分だぜ……知ってたか?」 ウノン「知りませんでした…」 宇田「全く、大した不感症だよ……」 ウノン「(ちょっとムッとして)あの、準備しなくていいんですかあなた。」 宇田「ふふふ、俺はもう大丈夫だ。あんたが宿題やってないんじゃないか〜って心配になって見にきてやったんだよ。」 ウノン「それはどうもご親切に。」 宇田、ウノンの隣に座りこみ、ひそひそ話を始める。 宇田「ところでウノン、今回の作戦、どう思うね…」 ウノン「……さあ。」 ウノン「ターゲット2人を同時暗殺ってのはなかなかタイトですね。2人が一緒に決行地点に現れなかったら……不確定要素が多すぎる。」 宇田「そうじゃねーよ。」 ウノン「?」 宇田「あいつのことだ。」 ウノン「あいつ?」 宇田「標的Bのことだ。日本人らしいぜ?」 ウノン「……はあ……日本人なんて世界中にいるでしょうよ。」 ウノン(彼は、この部隊で唯一の日本人だ。よっぽど、永住権(グリーンカード)保持者であるため、国籍は日本だ。) ウノン「…それともなにか?異国の人間は躊躇なく殺せても、自分の同胞を殺すのは気が進まない……とかでしょうか?」 宇田「恥知らずの悪い同胞さ。別に良心は痛まん。」 ウノン「じゃあなんですか。」 宇田「……あのプロフィールはおかしい。ど〜も重要な情報がすっぽりと抜かれているような感じがするんだよ。みんな言ってるぜ。」 【標的Bの顔面ドアップ★】 宇田「『こいつがどんな人間なんだかさっぱりわからない』……ってな。」 【画面、元に戻す】 ウノン「どんな人間なのかわからないのに、『恥知らずの悪い同胞』……ですか。」 宇田「俺らは悪い連中をやっつける部隊だ。こいつが殺されるべき人間なら、世界にとって悪いやつだからに決まってるだろ?」 ウノン「……相変わらず、シンプルですね。」 ウノン(この男は、どんな形であれ、国というものをいまだに信じている。それはもちろんこの仕事が要求したシンプルさであり、盲目さだろう。 まあ、よっぽど、こういう世界観を維持しなけれぼ、見ず知らずの他人を殺して殺して殺し続けることなどできはしない。 心の健康を保つのに1番大事なのは、『深く考えないこと』だし、そのために1番楽なのは、『シンプルなイデオロギーに身を任せること』だ。) コクピットからのリンク『当機は領空侵入より5分経過するも、敵対空砲火は認められず。敵補足を順調に回避している模様。みんな寝てんのかね』 宇田「……にしてもよ、今更ながらすごいシステムだよな。」 ウノン「何がですか?」 宇田「通信機を持たなくていいってやつだよ。体温で駆動する生体リンクを体内に埋め込むなんてな。」 ウノン「確かにそうですね。近年の科学技術の発展は目まぐるしい……」 宇田「……そこまでできるならよ、ついでにこのヒコーキのガタガタもどうにかしてくれりゃ完璧なんだがな。」 コクピットからのリンク『降下10分前だ。侵入ポッドに入ってくれ。幸運を祈る』 ウノン、宇田を小突く。 ウノン「ですってよ。」 宇田「……あーーー……行くかー…」 宇田、立ち上がる。 宇田「……んじゃ、またな。」 ウノン「はい、またあとで。」 ウノン、ポッドに乗り込んでいく同僚たちを見送る。 ウノン「……まるで棺桶だ。」 ウノン(私もポッドの中に入り、他の仲間と同じように、死者のマネゴトをする。棺桶の中は、自分の呼吸音、心拍数がよりクリアに聞こえる。 ……私は死者だ。) ウノン「これから大地に殺戮と混乱をもたらす、黙示録の死者だ。」 コックピットからのリンク 『減圧開始。先導射出まで5分。射出に備えよ。』 ウノン「…………」 ウノン、病院のベッドで瞳を閉じ、横たわる母の姿を思い出す。 続いて、防腐措置を施され、棺桶の中で微笑んでいる母の姿を思い出す。 ウノン「……」 気圧調整の「ドスッ」という音が響く。 光が消える。 ウノン(……そうだ。私は今、母の死を追体験しているのかもしれない。) 減圧で外殻の軋む「ぴきぴき」という音がする。 コックピットからのリンク 『減圧終了。降下3分前。ロックを解除せよ。』 モーターの音がしばらく聞こえたあとロックが外れる。 コックピットからのリンク 『降下1分前。カウント開始。』 ウノン「……母さんも、こんなふうに死んでいったのだろうか。」 【バックグラウンドでカウントが響く。】 ウノン「棺桶の窓が閉じたとき、外の光がなくなって、釘で密閉されて。」 ウノン「どこに行くのかもわからないままに、こんな箱に閉じ込められて。」 ウノン「そうやって、埋められたのだろう。 母さんも、これまで棺に入れられた無数の人間も。」 コックピットからのリンク 『射出開始。……神のご加護を。』 重く、柔らかな射出音。 単純な物理法則に支配される。 この後予告(?)を入れる 4月に1話を出そうかなー できるかなー